学校廻り

十八鎖目

久しぶりの投稿である。

なぜ久しぶりになったかと言うと、単純に多忙であったためだ。

どのように多忙であったというと、我々の世界でいう学校廻りで平日はすべて埋まり、土日は舞台と言う毎日であった。

この学校廻りとは、読んで字の如く、各学校を廻って、体育館で能楽鑑賞をしてもらうことだ。

体育館に本格的な能舞台を組んで上演することもあり、ただ緋毛氈を敷いて、能楽囃子をコンサート形式ですることもある。

中には、ただ鑑賞するだけではなく、楽器体験などをいれたワークショップ形式ですることもある。

子供たちの心をとらえるためには、高いテンションと、親しみやすい言葉遣いが必要だ。

これらを考えながらレクチャーするのはとても疲れるのだが、とてもやりがいを感じる。DCIM0614

なぜなら、子供たちは、一様に興味津々でじっと聞き入り、熱心に見入り、

楽器体験をすると、余分な力がなく、程よく脱力して良い音を出し、

すぐにノリよく八拍子の間を覚える。

能楽の面白さを肌で感じてくれる。

やはり、日本人のDNAには、能楽のノリや間・息がしみ込んでいるのだなと思う。

能楽愛好家の人口減少が危惧される昨今だが、要は多くの人に能楽の面白さを伝える場がないだけではないのか?

そういえば、どの学校にも吹奏楽部はあっても能楽部はない。

よく考えれば、どの学校にも欧米文化のクラブがあるが、我が国の文化のクラブがないのは、変なのかもしれない。

いつか、当たり前に学校に能楽部のほか、和文化のクラブができる時代が来てくれたらと願う。

腹心

十七鎖目

前コラムで書いた「間」は、肚でとらなければいけない。

あなたの心は躰のどの部分にありますか?

と、たずねたらほとんどの人は胸を指す。

しかし、古来より日本人の心はおなかにあった。

決断することを「肚を決める」

怒ることを「腹を立てる」

隠し事をせず話をすることを「腹を割って話す」

というような言葉からもおなかに心があったことがわかる。

心が胸にあると、緊張しやすく、窮屈な構えになる。

心を肚に置くと、良い意味での緊張を保ちつつ、ゆったりと構えることができる。

腹心は基本である。

十六鎖目

「間」と書いてマと読む。

大鼓を打つうえでとても重要な要素だ。

間と言うのは単なる時間的なタイミングではない。

それは何か?

字が示す如く、門の中にお日さまが入るような、何かである。

たとえタイミングは合っていても、間が抜けていたら何もならないのだ。

その形は四角かったり、丸かったり、平たかったり、深かったりする。

こうでなければいけないというきまった形はなく、打つ者の心が間となって表れる。

だから、間は心を充実させてとる。

この「心」を躰のどこに置くべきなのかは次回に書くとする。

 

 

 

 

打つ

十五鎖目

はじめてお稽古された方や体験に来られた方は、たいてい「大鼓をたたく」と言う。

だが、大鼓などの能楽で使う打楽器は「打つ」のである。

「たたく」と言うと、何というか表面をパシャパシャとたたくような語感だが、

「打つ」は芯までパシッと打つ感じが伝わると思う。

これは、打撃するべき焦点が明確にあり、そこに意識を集中して、強くhitすることを意味しているのだ。

そして我々は、単に大鼓の音を出すことだけでなく、演奏すること自体を「打つ」と言う。

つまり「打つ」とは、打撃のみならず、カケ声や間にも意識を集中し、焦点を明確にして強く打つことなのだ。

調べ緒

十四鎖目

調べ緒について書こう。

“調べ緒”は単に”調べ”ともいう。

大鼓は、表皮と裏皮をつなぐ”調べ”と、二重の輪にしてかけるだけの”化粧調べ”の二本をつかう。

麻製でオレンジ色をしており、近年はナイロン製のものもある。

麻とナイロン、それぞれに長短がある。

麻はしっかり締まるが切れることがあり、ナイロンは切れないけれども伸びるので緩みやすい。

井上靖の小説「氷壁」にナイロン製ザイルは切れず、麻製のザイルは切れるという話があるが、調べ緒にも同じことが言える。

調べ緒僕は、切れるリスクはあるが、しっかりと締まる麻製を好んで使っている。

ただ、麻も最初のうちは伸びるので、使う前に重石をかけてあらかじめ伸ばしておく。

うちでは物干し竿に調べ緒をひっかけ、ダンベルをのせて伸ばしている。

余談だが、この間近所の人に「あれは何ですか?」と尋ねられ、説明するのに難儀した。

 

 

 

胴"茗荷"内胴"茗荷"十三鎖目

道具の中で最も高価なパーツが胴である。

サクラ材を刳り貫き、漆をかけて蒔絵が描かれてあり、とても美しく工芸品としての価値もある。

蒔絵の図案には、音にまつわる謎かけが仕込まれていることもある。

内部には様々なカンナ目が施してあり、そこから作者が推量されるという。

能楽の舞台で使用されているのは、江戸時代もしくはそれ以前に作られたものばかりだ。

百年前(明治時代)に作られたものは新胴と呼んでいる。

したがって能を見来たお客さんは、何百年も前に作られた楽器の音を聞くことになる。

胴の面白いところは、同じ皮にかけても、一本一本微妙に違う調子(音)が鳴り、それぞれに個性があるところだ。

胴が調子(音)に占める割合は、せいぜい10%程度だろうが、この部分は胴にしか出せないものであり、それが調子全体の個性を作り出す。

 

写真は「茗荷」の胴。

調子よく、音のなびきも長く、皮を選ばないオールマイティで、僕の第一のお気に入りである。

謎解き・・・茗荷は、根から直接花が咲くことから、根=音で「音に花が咲く」

 

 

道具

十二鎖目

皆さんは”道具”と聞けばどのようなものを指すと思うだろうか。

“道具”を日本国語大辞典で調べると、

1番目に”仏道修行のための三衣一鉢など六物、十八物、百一物などといった必要品”

2番目に”物を作ったり仕事をはかどらせたりするために用いる種々の用具”とある。

ふつうは2番目の意をとるだろう。

我々は”道具”と言えば楽器のこと指す。

なぜ、そう呼ぶのかは、1番目の”仏道”を”芸道”に置き換えて考えるとわかりやすい。

“必要品”である。そんなこと当たり前だとも思うので、さらに読解すると、

道=芸道、具=武器 と読める。

つまり”道具”とは芸の道を生きていくための武器ということなのだ。

大切にするのはもとより、手入れを怠らず、尊敬の念を持って使うことが肝要である。

続 故障

十一鎖目

膝の具合は、だいぶ良くなって来た。

医師の診断によると、右半月板の裏側がスライスされたように割れている。骨と靭帯は異常なしといわれた。

休みが取れない中、日に日に良くなってあるのであれば、手術はせずに様子を見ようということになった。

今のところテルミーという民間療法(温熱療法)が効いている。

少々の痛みがあるのが当たり前と思うことにする。

故障

十鎖目

故障した。

自分自身がである。

昨日から右膝に激烈な痛みがあり、医者に行ったが原因はわからず。

とりあえず痛み止めをもらい、来週にMRIで精密検査をすることになった。

今日は稽古を休んだが、明日からは毎日申し合わせと本番がある。

ちゃんとできるのか不安だが、行くしかあるまい。

 

簡単 指皮作り

九鎖目

前回の本格的指皮作りに続き、今回は簡単にできる作り方を紹介する。

材料は牛乳パックとサージカルテープ。

きれいに洗った牛乳パックの底の部分を写真のように切り取り、中指と薬指の2本にきちっとした大きさにまいて、サージカルテープで固定すれば出来上がり。

牛乳パック底部の厚い三角の部分が指にあたるように切り取るのがポイント。

わずか2分で出来る。

大人数のこどもの体験教室などに最適である。

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